その准教授(=助教授、50)は以前から女グセが悪かった。最初に裁判ざたになった事件は、今から12年前の1995年7月にさかのぼる。当時、まだ30代だった彼は、現在と同じ三重大学教育学部に助教授として勤務、美術教育指導を担当していた。大学が夏休みに入ったばかりのその日、キャンパス近くのカラオケボックスで、助教授はいつものように「ご乱心」あそばした。
学生主催のコンパに出席した助教授は、あろうことかカラオケの歌に合わせながら1枚1枚着ていた服を自ら脱ぎだした。最後はトランクス1枚になってかたわらの女子学生をソファに押し倒したかと思うと、なんと馬乗りになって上下に飛び跳ねたのだ。ショックを受けた女子学生はこのことがトラウマになって、美術教師への夢をあきらめ、転部を余儀なくされた。
女子学生は「精神的苦痛を受けた」として助教授を相手取り、330万円の損害賠償を請求。しかし、津地方裁判所で開かれた公判でこの助教授、美術教官だけに言うことがしゃれている。「半裸で馬乗りになったのは、美術の教科書にも載っている西洋の騎士の彫刻を真似しただけ」と、セクハラではなく「教育」と反論したのだ。もちろんそんな無茶は通るはずもなく、訴訟は最高裁まで持ち込まれたものの助教授の敗訴が決定した。
それで懲りる助教授ではない。判決で大学から受けた減給処分も意に介さず、女子学生にしつこく下着の色を聞くなどふらちな言動を繰り返す、学内の「鼻つまみ者」だった。そしてついに、運は助教授を見放した。04年5月ごろのこと、休み時間に友達と髪形について雑談していた女子学生に対し、「こうした方が可愛くなる」などと言っていきなり持っていたハサミで髪をバサバサ切りつけたのだ。
助教授にも年貢の納め時が来た。一連のセクハラについて調査してきた大学側は、最初の事件から12年経った7月30日、助教授に解雇を言い渡した。この間、全国の国立大学は独立法人化して独自の経営方針を立てることが求められることになった。地元で唯一の国立大学である三重大も例外ではない。「お役人感覚」でクビはないとタカをくくっていた助教授に、天罰が下ったのだ。

三重大学といえば、ミス日本グランプリ、Aさんの出身校(現在は立教大大学院に進学)。また、厚生労働大臣を務めた某政治家も、同大医学部(合併前の県立大当時)を卒業している。幾多の著名人を輩出する地方ブランド校だが、年季の入ったエロ教官解雇劇でも、一躍全国から注目されることになった。















